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第16話 奪われたスマホ

Author: 釜瑪秋摩
last update Last Updated: 2025-07-21 14:00:04

 翌日、昼休みの教室で、私は一人で弁当を食べていた。いつものように隅っこの席で、できるだけ目立たないように身を縮めて。

「ねえ、神林さん」

 突然声をかけられて、私は箸を持つ手を止めた。振り返ると、またしても彩音が立っていた。その美しい顔に、いつもの意地悪な笑みを浮かべて。

「なに?」

 私の声は震えていた。昨日のことがあって、こんなふうに話しかけられても、警戒心しか湧いてこない。

「昨日からみんな、ずっと気にしてるんだけど、神林さんってネットの恋人とメッセージのやり取りをしてるでしょ?」

 そう言って、彩音は私の隣の席に勝手に座った。周りのクラスメイトたちがこちらを見ている。私は急いでスマホを隠そうとしたけれど、その手を掴まれた。

「みんな、内容が気になるんだって」

 彩音の声には、悪意をまとった響きがあった。クラスメイトたちのほとんどが、私と彩音のやり取りを見ている。

「そんな……みんなが気にするようなこと……なにもないから」

「へえ、そうなんだ」

 彩音は立ち上がると、私の後ろに回り込んだ。そして、突然私の肩に手を置いた。

「でも、今日も授業中こっそり見てたでしょ? 今度、先生にバレたら大変だよ?」

 その瞬間、彩音の手が私のスマホに向かって伸びた。私は反射的にスマホを胸に抱え込む。

「触らないで!」

「なに隠してるの? そんなに必死になることないじゃない」

 彩音の声は甘いけれど、その目は冷たかった。私は立ち上がって彩音から距離を取ろうとしたけれど、彩音は諦めなかった。

「みんな、神林さんがチャットのやり取り、見せてくれるみたいよ」

 彩音の声が教室に響くと、周りのクラスメイトたちがざわめき始めた。私は顔が真っ赤になるのを感じた。

「やめてって、何度も頼んでるじゃないですか」

 私の声は涙声になっていた。でも、彩音は止まらない。

「そんなに隠すなんて、よっぽど恥ずかしいメッセージを送ってるとか?」

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